プチ……(?)
隊員たちの態度が、どうも変だ。
何か隠している。悪い雰囲気ではないのだが。
集まって楽しそうにしている部下の間に入っていくと、はっと緊張した空気が流れた。山本は、比較的正直で、すぐに感情が現れる暮林の顔を、下から覗きこんで眺めてみた。暮林は明らかに動揺した。
「なななになさるんですか。びっくりするじゃないですか」
「何か俺に隠しているな?」
「いえ、なにも」
集団の奥のほうで、動いた者がいる。うつむいて小声で、「こら!」と叱った。
小動物らしい、と山本は気付く。黒塚が昔噛みつかれてトラウマになったねずみ以外なら、許してやろうと思う。
「生き物だろう?」
「はあ……そんなところです」
上着のポケットにそれを隠していた井上が、そろそろとつまみだした。
小さなとかげ。茶色で、クールな顔ですましている。
「荷物に紛れていたらしいんです」
「割とかわいいな」
こんな小さな生き物は久しぶりで、山本がつい微笑むと、誰かが失敬にもぷっと吹き出した。
「今の反応は気に入らないけど、別に隠す必要はないじゃない」
「飼ってもいいですか」
「子供じゃないんだから自分で考えなさい」
それでもやっぱり何か隠している。隊員たちの態度が微妙で変だ。
なんだろうと気にはなったが、前回ほどの証拠が見つからなかったので、山本は放っておいた。ただし放っておけなくなるまで。
ある日のお昼休みだった。山本は、コーヒーを飲みながら雑誌をめくっていた。その時、後ろから部下たちの会話が聞こえてきた。
「山本さん、元気にしてる?」
え? 毎日顔を合わせているのに。
「元気だよ。今日もいい子にしてるよ」
はあ??
敵は、山本がここにいることに気付いていないのか、さらに続けた。
「餌付けに成功! 最近、お手をすることもあるんだよ」
なんですと?? 山本は他の「山本」の該当者を大急ぎで検索した。ありふれた苗字の割に、ここでは少ない。鬼瓦のような顔の准将がいるが考えにくい。それほど面識もないはず、だ。では俺か? 餌付け? この間、誰かのお土産のお菓子は食べたけれど。……。
いやあな気持ちになった山本は、我慢できなくなって立ち上がった。
「あ!!」
名状しがたい表情で固まる3人。気まずい沈黙。
「なんの話?」
「た、隊長の話じゃないんです」
「じゃ、誰?」
「ちょっと……同姓の人の…あ、人じゃないか。あ、ちょっと」
井上が、ちょろっと動いた茶色いものを隠そうとした。
「この間のとかげ? そいつのこと? なんで『山本』なわけ?」
とかげは、自分のことで揉めていると知ってか知らずか、つるんと手をすり抜けて、ポケットにもぐりこんだ。
「かわいいっておっしゃったじゃないですかあ」
「やっぱり俺の名か!」
「かわいいですよね?」
「どういう意味?」
「かわいければ、山本さんって呼んでもいいとか、だめですかね」
井上はむちゃくちゃなことを言った。
「気色悪い発言はやめてくれないか」
「とかげが、です」
「かわいくなくて悪かったな」 大人げないぞ山本(^_^;)
しゃべればしゃべるだけどつぼにはまるのを見かねて、岡崎が口を出した。
「申し訳ありません。みんなでこの子を『山本さん』って名前にしてしまいました」
「なんで?」
「いえ、なんとなく……」
みんなで、というのが気になる。考えたくはなかったが、山本はおそるおそる言ってみた。
「たとえば、俺に似ているとか……」
「へへへへへへー」
この瞬間、山本は、靴で岡崎を殴りたくなった。
「どこがだよ!!」
「山本さん、今、ご自分で……。いや、ホラ、とかげって結構ハンサムなんですよ。ね、気品があるじゃないですか」
「ちっっとも嬉しくない!」
とかげが再び這い上がってきたので、井上が胴中を押さえて保護した。押さえられればそれ以上動かず、ただし、つーんとすまして知らん顔をしている。井上の指に自分の小さな手をかけてくつろいでいる風なのが、なんとなく偉そうだ。
「ちょっとおすまし屋さんで、気に入らない時は、ぷいって横向くんです。好きに生きてる感じですよね。プライド高そうで」
井上がひとり言のように言った。
「つまり、俺がそうだと!」
「あっ!! いえいえいえ……!」
「弟に免じて、許してやってください」
「爬虫類を弟にできるか! とにかく、名前を替えて」
「えー。でも、もう『山本さん』って呼ぶと反応するようになっちゃったんです」
偶然か、岡崎の言うとおりなのか、とかげがひょいと頭を振った。日本のとかげだろう。細くて、尻尾が長くて、真顔なのが、かわいいことはかわいい。触ると、ひんやりさらさらしていた。
山本は尻尾も引っ張ってみたかったが、取れると嫌なので、止めた。
「隊長、今、何かいたずらしようとしたでしょ。この子、割と怖がりなんですよ。いじめないでくださいね」
と、井上。まるで母親だ。
「尻尾って一度もげると、あとはブサイクなのしか生えてこないんだよな」
「そおおおおなんですよ! せっかく器量よしなんですから」
井上が指先で軽く撫でても、おとなしくしている。
「はーい、ご挨拶は? ホントの山本さんですよー」
もうメロメロといった様子だ。
山本はばかばかしくて、面倒になってきた。
「もう、好きにすればいい。ただし!いじめたり死なせたりしたら、本家が祟るから、そのつもりで」
本家?を憚って『プチ山本さん』と呼ぶことにした、と、後から聞いた。
しばらくは隊員たちのアイドルだった。ときどき、隊の名前で地球から餌用の昆虫を送ってもらっていたらしい。庶務の女性担当官に、
「山本君! ムシなんか空輸して、包みから出てこないでしょうね!」
と、怒鳴りこまれてそれと知った。昆虫が嫌いな性質らしく、仁王立ちになって怒っているので、山本はなんで俺が…と思ったが、部下たちのために大見得を切っておいた。
しかし―。
「最近、元気がないんです。山田が弟を呼んで、地球に連れ帰ってもらうことにしました」
井上が報告にきた(これも、本家に気を遣ってのことらしい)。みな、意外にがっくり来ていて、やっぱりここじゃペットは飼えないのかなあ、などと弱気になっているという。
「生き物は、かわいそうですよね……」
ため息をついた。
もっとも、地球ですぐに回復したという連絡が届いて、一同をほっとさせた。
「今日も元気に日向ぼっこをしている、って弟が言ってます!」
山田が嬉々として見せてくれたメールには、動画にもかかわらず、動きもせずにクッションの上でのーんびり昼寝をする『プチ山本』が写っていた。
あんまり幸せそうで、山本は少しこいつが憎くなる。