修 羅


 それに気付いたのはおそらく自分一人だったろう、と島は確信していた。

 ガミラス人が捕えられ、ヤマトに引かれてきた時のことである。乗組員たちは少しでも早く、その男を見たくて格納庫に殺到した。加藤が質問攻めに遭っていた。どんな顔をしているか、どんな様子か。加藤は多くを語らなかった。彼には珍しい、激しい眼をして吐き捨てるように言っただけだった。

「本当は射ち殺してしまおうと思った。ガミラス人なんか、一人でも生かしておいたら、碌なことになりゃあしない」

 皆が興奮していた。怒号、何やら声高に論じあっているらしいざわめき。顔を紅潮させ、眼をぎらつかせ、必要以上に雄弁になっていた。その中で、気が付くと島は山本のごく近くにいた。山本は、肩で人混みをかきわけながら大股で出てゆく加藤を驚いたように眺めていたのだが、ふと、まるで小さな子供のように無防備な、怯えたようにすら見える光を目に浮かべた。島には妙にそれが気になった。

 捕虜は調査の後で放された。古代が激高してその男をしめようとした以外には、何も起こらなかった。今の時代、誰でもひどい目にあっているのだ。両親が健在する島は幸運といってよかった。後で古代は言った。あの男が地球人とそっくりなのを見てかっとなった、死んだ両親のことを思い出した、と。全く異質の生命体だったら我慢できたのだろうか。

 人道的立場がどうだとか、綺麗事を言う気はない。島にとっても、ガミラスは憎い。




 でも、古代、地球人も人を殺すよ。しかし島にはそんなことは言えなかったし、おまえの気持ちはよく分かる、などと言うことも許されなかった。何か言ってやりたかったが、どうしたらいいのか分からなかった。その時不意に、山本はどうしただろうと思った。

 島は、それほど山本と親しいわけではない。話もろくにしたことがない。長めの髪が顔を半ば覆い、あまりパイロットという感じではないなあ、と思った。

「この間、睨まれたのかと思って『怒らないでよ』と言ったら、『怒ってませんよ』って怒られちゃった」

 古代が以前、笑いながらそんなことを言っていたが、事実山本は時々ひどくきつい目をする。だから、山本が「ガミラス人は一人たりとも…」と言ったなら―。まだ分かるような気がする。それは山本を知らないということか。


「なあ古代。山本はどこに居る?」

「今なら…格納庫じゃないか?交替したばかりの筈だ。どうかしたのか」

「うん、ちょっと話がしたいだけ。そうだ、暇ならちょっとついてきてくれよ」

 暇ってわけじゃないけど、と古代は言いながらもついてきた。まあ最近将棋にも厭きてきたし、でも何の用?

「山本ってどんなやつ?」

「油断をしてるとあげ足をとられる。あと、ウラをかかれる」

「それじゃあ分からん」




「あと、ちょっと過激かもしれない」

「そうか……」

 島は何だか気が重くなり、もう格納庫に行くのはやめようかと思いだした。山本にすり替えているだけであることは分かっていた。山本に会ってどうする。なにか納得のいく答えが得られるというのか?

「何かあったのか?」

「いや、別に」

 古代は眉をひそめた。しかしそれ以上何も言わなかった。

 あとは話もせずに格納庫に着いた。

「山本は居るか!」

 古代が呼ぶと、中に居た十数人が一斉に振り返った。山本は加藤と何やら話をしているところだった。

「何でしょう」

「打ち合せ中?」

「いえ、違います」

 加藤が答えた。





「悪い。ちょっと付き合って」

「もういいですよ。じゃ、俺はこれで」

 片手を軽く上げ、引き上げようとする加藤。

「いや…加藤もいてほしい」

 もう引けない。とりあえずカフェに行くことにする。


 最初は何だか気まずくて、ごく他愛ない話ばかりした。時折古代が不思議そうな目でこちらを眺める。そうだ、見合いをしているわけではないんだ。いったい何をやっているんだろう、俺は。

「そういえば」

 島は会話の隙間にさらりと言葉を挿し入れた。

「あの捕虜どうなったかなあ」

 やや固まった体の加藤と古代。山本の表情は変わらない。

「あいつ、ねえ」

 古代は笑おうとした。しかしそれは、妙にひきつったまま中途で終り、断念した彼は、代わりに憮然とした顔になった。

「別に俺は、あのガミラス人を許したわけじゃないし」





「あの時、加藤は言ってたよな、一人でも生かしておいたらためにならないって」

 加藤は苦笑いした。顔の前で軽く手を振る。やだなあ、あんなもん忘れちゃってよ。もう、反省してます。冷静じゃなきゃいけないよね。古代は唇を尖らせた。

「何だよそれ。じゃ、俺は何」

 いいの、それが古代班長の「売り」なんだから。実のところ、みんなが思っていたことを班長がやったわけだから。そう言われて、古代はますますふくれる。そういえば航海班でも、『古代さんのファンになった』って言ってるの、いたなあ。あんまり嬉しくないよ。

「山本はちょっと違ってたな」

 ついに振った。

「俺、加藤が『あれ』を言った時、山本の隣に居たんだ」

「え? 分からなかった」

「人が多かったし、みんな興奮してうるさかったからな」

 島が見据えると、山本は探るようなまなざしを返してきた。

「あの時、何を考えた? 君だけ……違う顔をしていたから。あの中で」

 しかし山本は不意に、口元に毒々しいとさえいえる笑みを浮かべた。




「あれは彼が(と、山本は加藤に顔を向けた)あんな言い方をしたから、少し驚いたんですよ」

「俺、品行方正だから、今まで汚い言葉を使ったことがなかったもので」
 いけしゃあしゃあと加藤が言う。

「それは嘘。でも、面白いでしょ?」

 山本は再び笑ったが、目は笑っていなかった。挑戦的に光っていた。


「何か納得できたか?」

 古代が言った。

「いいや!!」

 二人は談話室の椅子に座ると、将棋の準備を始めた。

「はぐらかされた」

 何を探しに行ったんだろう。

 今考えるべきでないことは、分かっている。学生時代にも時々疑念を感じたが、ちらりとでもそんな話をすると、嫌がられた。それならなぜこの学校に入った。なぜ軍人になるのだ。どうやら彼は、やはり恵まれた環境にいて、少々鈍かったのだろう。その手の話を無神経にしてはならないのだと察した。

(俺は山本を知らない。何を考えているかも)




 勝負は、島が勝った。古代はふてくされて、どこかに行ってしまったが、どうせまた少し時間が経てば、暇をもてあまして戻ってくるだろう。



 数十時間後、島は廊下で山本とすれ違った。その際、山本は、おそらく何の気なしに彼に微笑を向けたが、それは毒々しくも挑戦的でもなかったにもかかわらず、島はひどく動揺した。


(本当は何を考えているんだ、お前は)




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