ちょうど新しい機種が出たばかり。期待の大きさがそのまま要求に比例し、対応に追われたため、とりたてて何をしたという実感のないままに、日が過ぎていった。愚にもつかない会議だの、打ち合わせだの、時間を取られるばかりで一向に実を結ばないので、疲れる。特に山本は昔から、学級会や委員会の類は嫌いだった。いても仕方がない生徒総会なんぞはさぼっていたら、確信犯でけしからんと絞られたうえに、上級生には目を付けられ、執行部に入れさせられた。仕事と学級会と同列に置くつもりもないが、欝陶しくてたまらない。

 次の打ち合わせまでの少しの空き時間、山本が会議室で煙草を吸っていると、岡崎がコーヒーを入れて持ってきた。「どうぞ」とも何とも言わずにカップを近くに置き、澄まして出ていってしまった。なあんだか変な子だ。仕事ぶりはむしろはしっこいのに、どことなくのほほんとしていて、笑うと顔がちょっと間延びする。加藤も、「あいつの顔を見ると力が抜ける」と、言っていた。マイペースであることは、間違いない。山本はちょっと笑顔になって、コーヒーカップを口に運んだ。

 声高の会話とともに、何人かが会議室に入ってくる。山本の直接の上官にあたる宮下と、加藤がいる。そのほかは確認しなかった。山本を見て、加藤はちらと笑顔を浮かべた。だが宮下と話を続けている。テーブルの上に資料を広げだした。まったくマメなこと。

 インスタントらしいが、コーヒーはなかなかいい。窓の外で、小鳥のさえずりが聞こえたような気がした、枝葉のざわめく音。するすると伸びてきて窓枠に絡みつく枝。壁に緑が染みてきた。下方に青が、左下方向に黄色が、じわりとにじむ。あと3日で「昼」が来るんだった。焼けつくような昼が来る。

「どこ見てるんですか!」

 頭にこつんと何かが当たった。加藤の指先でペンが振れている。これで小突いたに違いない。

「会議始まるよ。寝てちゃ駄目だよ」

 加藤は偉そうに言って、にっと笑った。

「まだ時間じゃない」

 言い返してから、時計を見る山本。

「あっそう」

 手の中のペンを振り回し、小刻みに自分の掌に叩きつけながら、加藤はいくぶん小声になった。「最近疲れてるんじゃないかって、宮下さんが心配している」

「それ、なんで加藤さんが言うんだろう。『部外者』なのに」

「君の青臭い論理は後でゆっくり聞いてやる。後で」

 あまり得意とは言わないが、宮下と不仲というわけでもない。加藤も宮下も余計なことを言う。

 宮下は澄ました顔で資料に目を通している。食えない奴。突然山本はそう思った。

「それから、禁煙。前に言っただろ、自己管理しろって」

「うっるさいなあ」

 加藤は、じゃあ、と言って自分の資料を置いてきた席に戻っていった。

 つまらない。何もかもがつまらない。誰も彼も澄ましきって、茶を飲む者、隣と喋る者、資料を読む者。

 煩わしい会議にはもっとうんざりだ。

 宮下は、髪は半白であるものの、顔には皺ひとつない。若くも見えるし、年寄りにも見える。ごくたまにしか口を出さず、飄々としている。しかし抜目がない。見ていないような顔をして、他人をしっかりと冷静に観察している。いつでもその眼が周りに光っているのを、山本は感じている。別に構やしない。ただ、干渉の仕方がたまに、癪に障る。

 会議の内容が少しずれてきた。手持ち無沙汰に、紙の角に小さな三角形を書き連ね、なぞり、塗り潰した。馬鹿馬鹿しい、こんなことで時間を潰すなんて。空調の音が風のように聞こえる。風の音。ざらついた、パチパチいう音。ファゴットのソロ。ペンが紙に引っ掛かった。何か分からないが、不快なものが通り過ぎた気がした。


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